殺人衝動

 人を殺した。
 動機はない。
 これから私は出頭し、何度も同じ自白を繰り返すことになるのだろう。それが路を外した人間に課せられる罰だ。例外は、ない。
 私は仰向けに倒れている少女の姿を見下ろす。浴衣の裾は捲れ上がり、下着をあられもなく曝け出している。ふくよかな胸は弾力を失ってからしばらく経過した。紫色に染まった腫れぼったい唇は今までに男を受け入れた経験があるのだろうか。地面に点々と垂れ落ちた体液の跡は乾きはじめていた。
 少し考えて、やはり動機がないというのは厳密には嘘かもしれないと思った。人が人を殺す、その行為自体への欲求。日々の暮らしに疲れたわけではない。親の介護に疲れたわけではない。恋人の独善的な論理に振り回されて腹が立ったわけでもない。
 きっかけというものは、ささいなことから始まると私は信じている。
 それは例えば、ウェブサイトのURLを一文字打ち間違えて別のサイトへたどりつく奇跡にも似ている。人生には常に正体不明のあやふやが付き纏っていると感じていた。
 何もかもは周到に用意されていて、大半の人はその上を上手に渡っていくのだけれど、一歩踏み外せばどんな世界があるのかを経験として知る人というのは存外少ないらしい。らしい、というのはそのサイトのコラムで詳らかに書かれていたからだ。
 人を殺してみなさい。できれば人を殺そうとしている人が一番都合がいい。そういう人を見つけ出す手掛かりは最後まで読めばわかります。そういった刺激的な言葉を目にする度に、不謹慎だと思う気持ち以外の感情が芽生えていることに気づいていた。あやふやな文面の中にいくつものヒントを散りばめたそのコラムからわかったことは、殺しのスポットがあるということだった。
 それは非日常的な場所であればあるほど良いという。木を隠すなら森の中へ、殺人を隠すなら非日常の中へ。悩んだ末に祭りの会場を選択した。大輪を咲かせる花火の下、不自然に人ごみを抜け出た少女の頸を後ろから絞めた。抵抗の際に立てられた爪の感触も、今は朧げだ。すべては曖昧で、私が少女をロープで殺したことだけが唯一の真実だった。
 少女の両手には出刃包丁が握られたまま固まっている。誰かを殺すつもりだったのだろう、おそらくは、私以外の。
 私は狙いを定めると、勢いをつけてそこ目掛けて飛び込んだ。


 動機なき殺人は循環し、後に残るは事切れた骸のみ。
 卵と鶏はどちらが先に産まれたのかと、あなたは首を捻った。

(了/12.05)
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