STOP THE MUSIC!

「ハンマーをくれないか」
 狭いステージの上で拳を振り上げ、髪を振り乱して歌うパンクバンドを尻目に、接客もせず暇を持て余している中年男に向けて俺は言ってやった。
 薄暗いカウンターの上には汗をかいたグラスがあるが、酔いはとうに醒め、冷静な自分がいた。別に苛立たしいわけではない。ただ、今の俺には初期衝動が足りない、そんな、言葉にすれば陳腐でちっぽけな焦燥感が今にも爆発してしまいそうだった。
 マスターは眉間に皺を寄せ、鼻をかくと「そんなもんあるか」と至極当たり前な返事を寄越す。それでも、軽口に付き合おうとする姿勢はありがたく思う。他に客もいないので仕方ないことではあるが。
「来月には閉店するんだろ。もうやらないのかよ」
「今時、こんな片田舎までやってくる奴はいない」
 マスターはニヒルに口を歪める。この箱がどれだけ続いていたのかは知らないが、まがりなりにも積み上げてきた歴史が無に帰すというのはどんな気分なんだろうな。別にこの場所が無くとも、演奏者にとっては幾らでも代わりがあるが、俺にとってはそればかりでいられなかった。
「お前こそ、もうやらないのか」意趣返しとばかりに、マスターが冗談めかして訊いてきた。答えは知っているのに、敢えて尋ねるところにマスターの悪意を感じる。
「別に……」
 俺はスツールを反転させて、一心不乱に演奏し続けるバンドマンをぼんやりと眺めた。俺にあって、あいつらにないもの。あいつらにあって、俺が失ったもの。客もいないのに、ちぐはぐなリズムに乗せて、何かを伝えようとする彼らに、かつての誰かが重なった。下手糞だ、やめちまえと罵られながら、ライブハウスの一体感を自分でも生み出したくて、ひたすらに六弦をかき鳴らした、あの頃の誰か。初めてファンだと言ってくれた女の子に、胸の奥がかっと熱くなっていた、未熟な誰か。
「畜生」
 何もかも壊したくなった。どうせ誰も見ていないライブに何の意味がある。どうせ潰れちまうライブハウスに何の価値がある。くだらない。全てが茶番にさえ思えた。今ここにある全ての紛物をハンマーで叩き壊せたなら、ロックは息を吹き返すのだろうか。あの日俺が求めてやまなかった初期衝動が、再び鼓動を再開するのだろうか。
「混ざってこいよ」
 マスターが、力強く背中を叩いて言った。
「下手糞な若造どもに、格の違いを見せつけてやれ」
 言われなくても、やってやるさ。俺は薄汚れたギターケースに手を伸ばした。

(了、10.9/12.1全面改訂)
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