ホスピスとホステス


 毒味をして欲しいの、と鏑木可奈子はにべもなく言った。鏑木可奈子は、高校時代の同級生の、友達の、従兄弟の、知人の婚約者だった。
 宴席にて、ドーハの悲劇で意気投合し、今はどの美術館を見て回ろうかと、坂の上にある、海がよく見えるカフェテリアで相談していたところだ。
「それは死に至るのか」と男は問う。
「受け入れなければどうということはないわ」と涼しげに可奈子。
「実にわかりやすい矛盾だな」
 男は得意満面の笑みを浮かべる。
「世の中とは得てして矛盾しているものよ」
 可奈子も譲らない。男が押し黙ると、可奈子は空になった二つのグラスに極彩色の液体を注いだ。そして、口元に嘲笑を浮かべる。
「この中に一つ、毒が入っているわ。あなたはどちらで死にたい?」
 男は不可思議な液体には目もくれず、可奈子に顔を寄せ、唇を奪った。檸檬と唾液から、檸檬を除いた味だった。
「君という毒で死を迎えたい」
 後日、女は車中で練炭自殺した。
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