月光

「人間を、ですか?」
 刹那、女は目を丸くさせたが、言葉の真意を汲み取ったのか、何かを耐えるように俯いた。長い睫毛を小刻みに震えさせる女に、ラムダは追い打ちを掛けるように、同じ言葉を繰り返した。
「あなたがそれでいいなら」
 再三の決意表明に、とうとう女は屈した。女はかつて高名な術者として名を馳せていたが、ある満月の夜、禁忌を破って以来、爪弾き者として迫害される身と成り果てた。ヒトと魔族が情を通じた末に生を受けた、望まれざる混血種、それがラムダであった。
 女はラムダの頬を愛しむように撫でると、ラムダの胸板にこつんと頭を当てた。ラムダは目をそばめながらも、しばしされるがままになっていた。
 どれほどの刻が流れたのか。木立が互いの顔(かんばせ)を隠す頃、女が詩を奏ではじめた。ラムダは目を閉じて、じっと聞き入っている。この詩が終わる頃、彼は魔族として生きる道を選ぶ。
 ラムダは女の首筋に、月光の宿る刃を宛がった。
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