繋ぐ
紙縒をそっと少年の耳の穴に差し入れてみると、少年はまぶたをひくつかせて身を捩った。普段、学校では決して見せることのないその無防備さに、少女の胸は高鳴った。昴ぶる感情を抑えながら、河川敷の芝生に仰向けで寝息を立てる彼のすぐそばにしゃがみこむ。
草いきれの匂いが濃くなり、ふと小学校の頃、男子と一緒になって遊んだかくれんぼのことを思い出した。上流から吹き抜ける風が少女の髪を乱す。
けれど、そのことさえも気にならないほど、幼さを残す面差しの虜になっていた。目元にかかる前髪を退けると、もっと触れていたいという欲求に逆らえなくなる。癖のない、柔らかな髪をひとしきり撫でてから、指をするりと首筋に移動させた。
喉仏の隆起さえ兆さない未成熟な頸部は、日差しで温もった指先よりも確かな熱を帯びている。
とくん、と鼓動が跳ね、少年が声にならない声を漏らした。
少女は驚いて手を引っ込めようとしたが、すぐにそれが寝言だと気づき、独り赤面する。呼吸が元の間隔を取り戻すと、止まっていた時間が再び動き始めた。その平穏が戻ってきたことに、安堵以外の気持ちが水位を増してせりあがるのを感じる。
ずっとこのままでいられたらいいのに。ずっと永遠を切り取った一瞬のなかにいられたらいいのに。決して叶わぬ願望が胸を衝き動かさんとしていた。
そんな焦燥を見透かすように、踏切の音が遠方から聞こえた。対岸で遊ぶ子供の投げた小石が、川面で跳ねた。何がおかしいのか、幾重もの波紋を広げて消えていった水面を指差しては、大声ではしゃいでいる。そんな何気ない一瞬に少女は永遠を感じた。
首筋に触れたままの指の腹が、心なしか汗ばむのを感じる。隣で眠る少年もいつか変わってしまうのだろう。少女は、指先に力をこめた。添える指を中指、薬指、小指と増やしていく。親指が最後に触れたとき、ついに少女の理性は決壊しようとしていた。陶磁器のような白い肌に、赤みが差した。
――今、この細く頼りない首を絞めたなら、永遠を手に入れられるだろうか。
少女は夢中になって、少年の喉に五指を押し込んでいく。少年の身体がぴくりと跳ね、苦しげな息を吐き出した。閉じていたままの瞳が刹那、見開かれる。
「あ……」
すぐに、愚かな醜態を少年の前で晒していることを恥じた。気づけば彼女は、少年を組み敷くような体勢になっていて、長距離走を終えた後のように息が荒くなっていた。服の乱れを整えると、少年の訝るような視線が全身を貫いていることに居たたまれなくなる。どうしてあんな真似をしたのか、自分でもわからない。
「好きだよ」
不用意な言葉が取り繕う意味さえも失って紡ぎだされた。少年はしばし、ぽかんと口を開けていたが、首をひとつ鳴らすと彼女に手を差し伸べた。
(了/11.12)
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